第4回「日本とふくいの新生フォーラム」レポート(1)
戦争に負けたのが8月15日に原爆2発落とされて、GHQがやって来たわけですね。マッカーサーが。そして憲法をおしつけました。マッカーサーの政策はですね、日本を骨抜きにして、ある意味で馬鹿な国にしてしまうというんですかね、二度と戦争の出来ない国にしてしまうというんですかね。そういう方向性だった。共産主義が今世界に蔓延しようとしていると。で、日本を叩き潰してしまうよりは、むしろ共産の砦として元気よく復活してもらわないと困るんだと。そのワシントンの方は、52年が朝鮮動乱ですね。ですから、そんなことを含めてソ連の脅威、中国の脅威から考えて、日本は経済的に隆々とした国になってもらわなければ困る、ということを考えたんです。で、マッカーサーが50年くらいに一度、まあとにかくお前辞めろ、帰って来いということで、首になった。ですから、日本の国はですね、一時こういった形で憲法が出来て、民主化の方向に動き出して、農地解放あとなんとかかんとかていうふうに、マッカーサーを中心にしたある形が、憲法を中心にして形作られたんですけれども、途中で方向性変わったんですよ。このときに誰が何をしたかといいますと、岸伸介さんですね。が、巣鴨から開放になって、岸さんを中心にして満州で実験をしていた、国の建て直しの仕方。それは実は国家総動員法とほぼ同じ物です。ですから、この一連の1940年から戦中に続いたこの構造が実は日本を形作って、これが本当の日本なんです。 日本という国は、実は1500年来お上の国だった、税金払っていますけれど、何か年貢みたいな感覚で渡していませんか。あれはお上に取られるんじゃなくって、預けるんですよ。税金っていうのは。あくまでも自分のものなんですよ。まさに計画経済の図なんです。お金をこっち側に集めて、ここから順番に経済の方にまわしていくっていう、計画経済の図式です。建設会社はちょっと前までは地方自治体の施工部門だったんです。会社じゃないんです。あれは施工部門なんです。ですから、準公共機関なんですね。建設会社、地方のゼネコンさんっていうのは。地方自治体は建設工事を発注するに当たって、1億の工事、予定価格1億の工事は1億で出さないと計画経済が狂うんです。1億で出したものは1億で取ってほしいんです。ひとつの事例として、徳島県の話です。ある町で公営住宅が2棟横並びで建設されることになったんです。A棟とB棟は全く同じ物です。A棟はつつがなく談合で決まることになったんです。これはよかった。発注側からしてですね。B棟はですね、なんと叩き合いになることになったんですよ。A棟はこれ、ですから落札率、当然談合ですから100%になるんですね。で、B棟は叩き合いに入ると80%とか、そんな金額になるんですけれどもね。この100%の工事金額をベースにして計算していくと、10万円ですよと、一室。決まったとします。計算の根拠がこの金額なんです。落札価格なんです。叩き合いで80になると、計算すると8万円になっちゃうんです。皆さんどっちに住みたいですか、同じ物で。もし10万円の方に住んでいる人は、「何で向こうが8万でうちは10万なの」って文句出てきますよね。こういう矛盾が噴出することを懼れて、100%に戻そうとしたんです。もともと制度が、この計画経済をベースにして、ありとあらゆるものが出来上がっています。 戦後50年が終わった。ちょうど50年なんです。戦後50年が終わった。で、今はどういう状態かといいますと、無政府状態っていう言葉がありますよね。あるじが誰か分からない状態。本来ここで国民が私達があるじだと。本当の権利を持っているんだと出て来ないといけないんです。出て来ないといけないのですけれども、国民にそれだけの自覚がありません。残念ながら。全体的に無政府状態が実はこの10年間支配しているんです。ですから日本良くならないんですよ。 戦後50年というものは、官僚主権の計画経済の、生産者を優位にした計画経済なんです。この枠組みが完全に崩れまして、国民主権の、市場経済の、生活者優位の時代に変わらないといけないんです。変わらないといけないんですけれども、その狭間の中で、グズグズグズグズしているのが今。まさにその時期なんです。で、そう考えた時に福井県、あるいは福井市っていうのは、もうまさにこの戦後50年の申し子みたいな自治体なんです。ですから、親子連れとかそういうものを見ていて感じるのは、このままでいくと、もう祭りは終わりました。ですから戦後50年の非常に恵まれた環境の中で福井県は豊かに幸せにやってきたのかもしれませんけれども、その祭りは終わってしまったんです。そう考えた時に、本来なら正にここのところで、新たなあるじとして、国民、県民、市民が手を上げて、この国作り直すしかないわけです。で、そういう環境になっていると考えた時に、福井市に集まって、動き始めると、もの凄く面白い動きになるのかもしれませんが、もしそういう動きが始まらないとすると、単に祭りが終わって、その結果として元に戻るといいますか、あるべき状態、あるべき貧しさに戻っちゃうというんですかね。