聞き手 今日はどんなお話ですか。
笹木 今日の朝刊に長寿、長生きするという、その要因の遺伝子をかなり特定できるようになるだろうと。発表も近いうちにされるし、長寿になるための遺伝子治療の可能性もかなり高まったというのが出ています。先週は1997年に生まれた最初のクローン羊、これが死んだという話題がありました。
聞き手 ドリーですよね。
カタログチャイルド? デナイナーズチャイルド?
笹木 その前、一ヶ月ぐらい前に、日本とかヨーロッパではないですけれども、クローンが禁止されていない国でクローン人間を造ったと。まあこれは本当かどうか分かりませんが、そう発表した団体があったりしました。こういう、遺伝子を今解明しているとか、ヒトゲノムの解明、こういったクローンの技術、これが技術的にどれぐらい可能性があるかということですが、カタログチャイルドという言葉があるらしいです。カタログの中から商品を選ぶように子供もいくつかの可能性の中から選べる。体外受精をして、細胞分裂を若干進めたときに、その卵子にいくつかのパターンがあると。これは身長はどれぐらいだとか、記憶力はどのぐらいだとか、あるいは重い病気になる可能性がどのくらいかとか。3つか4つの可能性の中で、じゃあこれが一番いいと生まれる前にその段階で比べる。これがカタログチャイルドというらしいですね。
聞き手 これはある種不妊治療の一環としてということなんですか。それとも自分たちの遺伝子でなくてもいいから子供達を選んでということでしょうか。
笹木 今の話は、もちろん他のものでも使えるでしょうが、自分達のものでも使えるということですよね。しかしこれはまだ具体的にはなっていないんですけれども。もうひとつデザイナーズチャイルドという言葉もあるらしくて、これは実際に外から埋め込む。例えば運動神経をよくするような遺伝子、記憶力をよくする遺伝子、あるいは背が高くなる、そういう遺伝子。それを外から組み込む。すでにある受精卵に新しく組み込むと。これもできるらしい。新しいデザインをするようにできると。
聞き手 今までの我々の頭の中では、クローンというのは自分のコピーを作るという感覚でしかなかったんですが、それはその遺伝子そのままでもうひとつの個体を造る、体を造るという考え方ですよね。自分の遺伝子だけではなくて、自分の遺伝子に足りないものをもっと組み込みませんかと。そうするとあなたより背の高いあなたができますよ、あなたより記憶力のいいあなたができますよというふうになっていく。
クローンの反対論、賛成論
笹木 これももう近い将来にできるだろうといわれているということです。クローンについても今禁止はされているんです。2001年からクローン法というので造ってはいけないということに日本国内ではなっていますし、ヨーロッパとかフランス、ドイツでも禁止されています。少し甘いアメリカなんかでも各州の法律なんかではやっぱり禁止はしています。色々議論があって、やっぱりちょっと人間の尊厳を冒すだろうとか、そういう反論は当然あるわけです。将来的にも絶対やってはいけないと。そのクローン法も見直しがまた3年から5年でありますから、常に技術とかいろいろ安全性を見ながらもう一回検討しようといっているわけですが、絶対やってはいけないという人には、そういう人間の尊厳ということをいう人がたくさんいるわけです。いくつかそういう理屈があるわけですが、ひとつは遺伝子、DNAが全く同じものをコピーのように造るわけだから、これはもう身体も同一になるんではないかと。だから個性とか人間の尊厳というものを冒すだろうという話です。ただそれには反論もありまして、例えば一卵性双生児、日本でもだいたい100万人いるといわれているわけですが、一卵性双生児は遺伝子は同じですが指紋も違うし、僕らの知り合いで見ても身体は全く同じではないですよね。ですから遺伝子が同じだからといって身体も全く同じではないし、当然性格とか経験も違う。同じ人格ではないんだと。これはDNAが同じだから全く個性が同じになるということはないんだと。反論でそういうこというわけです。もうひとつ、手段として子供を造ること自体がおかしいと。当然そういう意見があります。さっき言ったように、選ぶとかそういうことも含めて、あるいはクローンで造るという、これはもう子供の手段化だということで絶対にいけないと。しかしこれも進めたい側には反論があって、実際に今普通に生まれている子供も手段としてということはいっぱいあるじゃないかと。例えば昔、「巨人の星」という漫画がありました。星飛雄馬、あれは親父さんが野球選手として成功できなかった。だから子供を手段として、あまり他の遊びを一切させずに野球ばかり教え込む。そういう子供を造る。これも手段だろうと。あるいは子供に稼がせようと思って生む親も今現実にいることはいると。これも手段。現実にそういうことはあると。なのにどうしてこういう技術だけが駄目なのか、という反論があったりします。もうひとつはそういう人為的にクローンを造るということが親子関係だとか家族をおかしなものにしてしまうのではないかという意見です。これにも反論がやっぱりあって、不妊の親に対して手助けというか援助というのが色々ある。お腹だけ、子宮だけ貸すとか、精子とか卵子を借りるとか。これはもう今実際に行われているわけですから、そういう親子関係とか家族関係、これが人為的になっているのはすでに進んでいる。これもこういう反論があります。いろいろあるんですけれども、3年後、5年後の見直しの中でもやっぱり絶対ここは危ないだろうというのがあって、こういうクローンをじゃあ仮に実際やった場合、世代を重ねて何回も繰り返しやった場合に本当に安全といえるか。これはやっぱり全く保証は無いわけです。ここが一番問題なわけです。しかし、これからもどんどん遺伝子の解明とかが進むとどういうふうになっていくかということですが、だいたいもう治療の前に遺伝子の検査です。ドックなんかでやるような検査で遺伝子の検査というものがどんどん増えていくだろうと。自分が将来、今はまだなっていなくても死ぬまでにかかりやすい病気というのはかなり把握ができるだろうということです。個人個人がそういうふうになっていくだろうと。かかりやすい病気について全てとはいえないけれどもかなりの部分知っているようになる。もうひとつは受精卵の段階で、この生まれる子供がどういう性格だとか、どういう気質だとか、あるいは今言った病気の問題とかも含めてだいたい分かる。だから受精卵とか胎児の段階で治療もできるということです。
知らされない権利
聞き手 遺伝子を調べれば、この人が将来かかる病気がわかるというようなことは今までもいわれていましたよね。
笹木 ですから、そういうことを生まれる前に、特に深刻な病気の場合ですね、しかも治せる病気の場合には胎児とか受精卵の段階で治すことが可能になる。これはおそらくそうなっていくだろうということです。そうなると大きい変化というのがあって、治せる病気の場合はいいんですが、当分治せる可能性の無い重い病気、こういうものについては検査をしてもやっぱり知りたくないとか、今はなっていないけれども将来なる可能性がある、それを知らされても実際には治せないわけですから、それこそ精神的な苦痛が増えるだけです。知らない権利、知らされない権利。これがやっぱりクローズアップされてくるだろうと。もうひとつは、今例えば体に悪いことでも自分が決定すればいいと。タバコが悪いといわれていても個人的に喫いたい人は喫うとか。肥満になると色々な病気になるといわれてもたくさん食べる人はたくさん食べると。これはもう自分で決定しているんだからいいということですけれども、今言ったように胎児とか、その前の段階でもいろいろなことが分かるわけですから、自己決定でなくてその親とかが決定する。いろいろなことを。このことがでてくる。これをどうするか。こういう問題もけっこう近い将来の議論になっていくといわれているわけです。まあいろいろ難しい世の中になっていくということですね。
聞き手 なるほど。ただ、先程もお話ありましたが、そのクローンについて次から次へとすぐに見直して法律を変えてというふうなこと、新しい技術については結構、その法律がころころころころ変わっていくというところがあります。これとは逆に、最近ちょっと変わりましたが、道路交通法などはもう昔の古い物が残っていてなかなか変わらなかったりします。不思議なものですね。法律、同じ法律でありながらその柔軟に対応するものと全く旧体然とした物が残っているものがある。
欠点も愛せるかどうか
笹木 そうですね。特にこういう科学とかに関わるものはものすごく変わっていますからね。例えば脳死のことが話題になった臓器移植の時でも、やはりすごくスピードが遅かったんです。もう技術はどんどん進んでいたけれども、それに社会的なものが追いつかないとか、議論が遅いとか。で、法律ができるまでには、医療界ではいつまでかかるんだという文句がいっぱい出ていたけれども、すごい時間がかかってしまった。だからなかなか議論が追いついてないのが現状ではあります。この今日のお話で遺伝子の解明や治療、検査、あるいはクローンの話題などがあるわけですが、さっき言った安全ということでやっぱり不安があるということです。もうひとつは、仮にもう何世代重ねても安全、ほぼ安全だろうということが実証されたとしても、最後に残る一番の問題というのは多様性ということだといわれているわけです。例えば牛でいうと、牛乳を一日30リットルくらいたくさん出す牛がいいということで、その牛をいっぱい増やしていく。遺伝子的に増やしていく。そうするとその時には30リットルが一番いいと思うんだけれども、掛け合わせというのは染色体のパターンで64兆らしいんです。一人の母親、一人の父親、その掛け合わせで出てくる64兆の可能性の中で個性も決まっていくわけです。それに比べるとクローンというのはもうそのままコピーですから1という個性から1が生まれるだけなんです。この掛け合わせをやらないということが結局多様性をどんどんなくしていって、例えば今まだ分からない病に対する人間の抵抗力などを弱めていく可能性がやっぱりある。だからもっというと、今この現時点では欠点と思われている、そういうふうな性格が長期的に見ると人間全体にとってはすごいプラスになるかもしれない。やはり人間というのは自然界も含めて全部は造れていないわけだし、おそらく同じ物を自然界も含めて造ることはできないと思うので、やっぱりこの多様性ということでブレーキかけなければいけない。その時には欠点とかも含めて愛せるかどうかというか、そこが一番のポイントなのかなという気がしますよね。
聞き手 そうですね。今まで色々な科学的分野にしても芸術的分野にしても支えてこられた天才といわれるような人達であっても、実は何らかの障害をお持ちであって、こちらの面が天才であるということが往々にしてあるわけですからね。その可能性を全部潰していくことが果たして人類の幸せにつながっていくんだろうかということがありますよね。これを人間に応用するしないというのはこれから先の問題になってくるのかもしれませんが、ひとつには実際そういうクローンと呼ばれるような存在が増えてくると差別が生まれるのではないかということがいわれています。果たしてどういう差別になるのか。分かりやすくいうと、イチローと松井ばっかり9人集めて一つのチームが作れるわけです。1番から9番まで松井というチームを作ろうと思えば作れるわけです。これはスポーツとして面白みが無くなってしまうということであれば規制ができる。その規制は差別ではないか。松井1号はこのチームに入れていいけれども2号3号4号は入れては駄目ということになれば、それはひとつの差別ではないかといわれてしまうかもしれないわけですよね。
笹木 それと昔ありましたよね。鉄腕アトムの漫画でもロボットと人間が戦争するとか。あるいは映画でも「クローンの逆襲」でしたか、ありましたよね。だからそういうことも含めて、すごく進む科学に対して人間の議論とか認識がどこまで追いつくかという問題なんでしょうね。
聞き手 そうですね。まあこれは一概に、もうこれだというふうに結論づけることができない問題であるのは分かるんですが、でもやはり同じ人間が何人も歩き回っている。これはものすごく不思議な世界だし、倫理的にもクエスチョンマークのつく、首を傾げたくなるような世界だなというふうに思います。それを人間の作った法律でどのように方向づけていくのかって大事なことですよね。
笹木 人間はやっぱり神にはなれないということですよね。