小学校の先生をしている知人と久しぶりに話をした。いま、総合学習の時間は、年間110時限ほどで、理科や社会の時限数を超えている。手抜きしないで総合学習授業の企画・準備をすると、普通教科の何十倍もの時間と労力がかかる。教科書なし、ガイドなし、手伝ってくれる人も皆無の状態で、ほんと、大変とのこと。
総合学習というと、なぜ英語・国際交流、福祉体験、環境リサイクル活動ばかりなんだろう、と日頃思っていた。担任先生まかせ、まるなげ状態だから、時間がないときは、なんとなく、上の3テーマをやっておく、そんな事情なのかもしれない。
生きる力、社会的実践、一人一人の生徒に則した指導。言葉は美しいが現実は多難だ。一方、年間100時間以上も削減されたため、国語、漢字、計算の基礎「読み書き算盤」は、かなりおろそかになっている。基礎の基礎といわれる読み書き算盤も身につけれずに、生きる力、社会性は湧いてくるのだろうか。実際この三か月、子供に試してみたが、一日10分から20分の積み重ねだけで読み書き計算能力は確実に進歩する。いい教材も多種市販されている。
近いうちに、総合学習は見直しが避けられないとも思うが、今から改善策を、提案したい。1つ。音読、漢字、計算の基礎の徹底反復。一人一人の生徒の弱点に則して。もう1つ。公民・社会の内容を父母、そして、地域の商店、企業、まちづくりで活動する人が現場に則して語り、実習もおこなう。先生自身にも夏休み期間、実習をかさねることで、生徒の教材としての「現場と人」を掘り起こしてもらう。小学、中学期間に多くの現場に触れたうえで、高校からは、二週間以上の現場研修。
私自身も大学生をインターンで受け入れた事がある。今もつきあいは続いているが、現場研修、インターンを、単に「おもしろかった」体験で終わらせないためには、課題を与えて、それを達成させることだ。
生きる力とは、好きなこと、自分のやりたいことをもつことだ、というが、単に好きだ、やりたいと思っても、それが続けていく力につながるとは限らない。好きなこと、やりたいことも、続けていくと、好きなことだけではすまなくなる。課題を決めて、辛くても達成する体験、それが世の中教育として重要だと思う。